宇都宮地方裁判所 昭和37年(レ)4号 判決 1962年11月07日
控訴人 高久シズこと高久シヅ
被控訴人 大根田金造
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、「原判決を取消す。本件につき宇都宮簡易裁判所が昭和三六年八月四日にした仮処分決定を認可する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、その理由として次のとおり述べた。
一、控訴人は、昭和二一年ごろ、その所有の宇都宮市西原町二、七九五番の三、宅地二二七坪五合一勺のうち西南側一〇九坪(別紙図面<省略>表示の部分。以下本件土地という。)を木造建物所有の目的で被控訴人に賃貸し、被控訴人は、爾来本件土地上に木造の自動車修理工場を所有していた。
二、しかるに、被控訴人は、昭和三六年七月下旬右木造工場の一部を堅固な建物である鉄骨コンクリート造二階建に増改築をはじめ、控訴人の制止にもかかわらずこれを強行しようとしている。
三、控訴人は、同年八月四日到達した内容証明郵便で、被控訴人に対し、借地契約の目的違反を理由として、本件土地の賃貸借を解除する旨の意思表示をした。
四、よつて、控訴人は、被控訴人に対して、建物収去土地明渡の本訴を提起しようと準備中であるが、前記増改築工事を差止めなければ、本案で勝訴判決を得ても、その執行が困難になるので、これを保全するため、宇都宮簡易裁判所に本件仮処分を申請し(同庁昭和三六年(ト)第四一号事件)同年八月四日「被控訴人は、本件土地のうち別紙図面斜線部分の上に建築中の建物の工事を続行してはならない。被控訴人は、右土地に対する占有を他に移転し、または占有名義を変更してはならない。控訴人の委任する宇都宮地方裁判所執行吏は、右命令の趣旨を適当の方法で公示しなければならない。」旨の仮処分決定をえたが、右決定は相当でありないまなおこれを維持する必要があるから、その認可を求める。
五、なお、被控訴人主張の事実中、被控訴人主張のころ賃料を改訂したことおよび改築の承認料を受領したことは認めるが、その余の事実は争う。当時被控訴人から前記工場の一部を二階建住宅に改造したい旨の申入れがあつたので、控訴人は、土台は従前と同一の範囲とし木造建物にすることおよび控訴人所有の隣地の迷惑にならぬよう建築すること等の約束で、右改造を承認したに過ぎない。
被控訴代理人は、主文と同旨の判決を求め、控訴人の主張に対して次のとおり述べた。
一、控訴人主張の第一項中、木造建物所有の目的の点は否認するが、その余の事実は認める。同第二項の事実は否認する。同第三項の事実は認める。
二、控訴人の主張する本件賃貸借の解除は、左記の理由によりその効力がない。
(一) 被控訴人が従来本件地上に建てていた建物は木造の住宅(中二階)兼工場(平家)で、昭和三六年四月ごろ、右中二階の部分を取りこわして軽量鉄骨造の二階建家屋建坪三〇坪二階三〇坪に改築するため、控訴人にその旨を申入れたところ、控訴人はこれを承諾し、その代償として、本件土地の賃料を従前の倍額である一ケ月坪当り金六〇円に改訂し、さらに承認料として被控訴人は控訴人に金五万円を支払つた。そして、被控訴人の建築しつつある家屋は、右承認をえた軽量鉄骨造の建物であるから、被控訴人には何ら契約違反はない。
(二) 仮に右承認が認められないとしても、本件土地の賃貸借については使用目的たる建物の種類、構造等は何ら制限されていないものであるが、軽量鉄骨造の建物は、近時木材の価格が暴騰したためその代用材として鉄の薄板をもつて構成され、コンクリートを用いず、価格も木材より低廉であり、耐久性・堅牢性も木材同様あるいはそれ以下であり、借地法第二条にいわゆる「堅固ノ建物」ではなく「其ノ他ノ建物」に該当する。従つて、被控訴人には賃貸借の目的違反はない。
当事者双方の疏明の提出、援用、認否は、左記のほかは原判決の事実摘示と同一であるからここにこれを引用する。<証拠省略>
理由
一、被控訴人が、昭和二一年ごろ、控訴人から同人所有の宇都宮市西原町二七九五番の三、宅地二二七坪五合一勺のうち西南側別紙図面表示の一〇九坪の部分(本件土地)を賃借し、同土地上に木造の自動車修理工場を建築所有していたこと、および控訴人が昭和三六年八月四日その主張するような理由で本件賃貸借解除の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。
二、しかして、いずれも成立に争いのない甲第六号証の一ないし五、乙第二号証の一、同第三号証の一ないし四、原審おおよび当審証人菅野平吉、同田沼義男、当審証人吉村福男(ただし後記措信しない部分を除く)の各証言、ならびに原審および当審における控訴人、同被控訴人各本人尋問の結果によると、被控訴人は、昭和三六年七月下旬ごろ、右修理工場西側の中二階の部分を、軽量鉄骨造二階建に増改築する工事に着手し、同年八月二日その骨組工事を終了したことが認められ、当審証人吉村福男の証言中、右増改築の建前の日が同年七月二日であるとの供述部分は措信しない。
三、よつて、地上建物を右のように軽量鉄骨造に増改築することが、本件土地賃貸借の使用目的に違反するかどうかについて判断する。
(一) 昭和三六年七月ごろ、控訴人が被控訴人に対して右木造中二階の部分を増改築する承認を与えたことについては当事者間に争いがないところであるが、その際、被控訴人は軽量鉄骨造に家屋の改築することについて控訴人の承認を得た旨主張し、これに対して控訴人は、右増改築は従来と同じ木造建物にし、しかも土台は従前と同一の範囲にするとの約束のもとに承認したものであると主張するので、まず右承認の内容について検討するに、いずれも成立に争いのない乙第一号証、同第二号証の一、二、同第三号証の一ないし四、同第四号証の一、二、ならびに原審証人大根田ヨシ、原審および当審証人田沼義男、同菅野平吉、当審証人吉村福男の各証言、原審および当審における控訴人、同被控訴人各本人尋問の結果を綜合すると、
(イ) 被控訴人は、昭和三六年四月中旬ごろ、従来の木造工場兼住宅の西側中二階建の部分につき、増改築の計画を立て、そのころ被控訴人自身が控訴人方に赴いてその旨を伝え、増改築について控訴人の承認を求めたところ、控訴人は地代の値上げを条件に一応被控訴人の申入れを承認した。しかしその当時は、被控訴人自身も未だ右増改築を軽量鉄骨造にすることの明確な予定はしていなかつたため、その点までは具体的に控訴人には伝えなかつた。
(ロ) ところで、被控訴人は、その後同年五月中ごろ建築士菅野平吉に本件増改築の設計を依頼したところ、同人は骨組を軽量鉄骨にする設計図を作成し、これに基いて被控訴人から委任を受けて同年六月一七日栃木県土木課に建築確認申請書を提出し、同年七月六日付で確認通知書を受領した。
(ハ) そして、その間に、控訴人と被控訴人との間で地代の値上額について折衝した結果、同年六月下旬に至つて、同年四月分から、一坪につき月額三〇円から六〇円に値上げする話がまとまり、被控訴人は同年六月二二日に四、五月分を、同月三一日に六月分の地代を、いずれも控訴人に支払つた。
(ニ) 右のようにして、いよいよ増改築の段取りがついたので、被控訴人は同年六月下旬ごろ、工事に着手するため重ねて控訴人の了解を求めたところ、控訴人は先に増改築について一旦は承認したものの、増改築が完成すれば将来土地の明渡が困難になるであろうと不安を感じ、一切の交渉を田沼弁護士に委任した。
(ホ) そこで被控訴人も、控訴人方との交渉を稲葉弁護士に委任し、同年七月一九日両弁護士間で増改築の承認について話合いがなされた結果、同日増改築承認料として五〇、〇〇〇円を被控訴人から控訴人に支払つて増改築の承認がなされた。しかしながらその際、田沼弁護士の側では、従来どおり木造で増改築がなされるものと思い込んでいたので、その点について別段念をおさず、一方稲葉弁護士の方でも、特に改めて軽量鉄骨を用いて増改築をする旨の話をしなかつたので、この点については両者の意思が疏通しないまま、単に、増改築については近隣殊に北隣りの吉村福男や控訴人に迷惑をかけないように注意を払い、土台は従来の位置より拡げないようにする、という程度の話合いをしたに過ぎなかつた。
以上のことが認められ、前掲各証人の証言ならびに各本人の供述中、右認定に牴触する部分は、当裁判所はこれを措信せず、他に右認定を覆えすに足りる疏明はない。
そうすると、昭和三六年四月中旬ごろ控訴人が一応増改築を承認した際には勿論のこと、その後両弁護士間の話合いによつて増改築が承認された際においても、特に本件増改築が軽量鉄骨造でなされることについて何らの話合いもなされていないのであるから、たとえ右承認の対価として地代の値上げおよび五〇、〇〇〇円の承認料の支払いがなされたにしても、当然に軽量鉄骨造の承認がなされたものとは解しがたく、被控訴人の前記主張は採用することができない。
(二) 次に、控訴人は、本件土地の賃貸借は木造建物の所有を目的とするものであるのに、被控訴人が使用目的に違反して鉄筋コンクリート造の堅固な建物に増改築を始めたと主張するのに対し、被控訴人は、本件土地の賃貸借については、その使用目的を木造建物の所有のみに限定されたことはなく、そして軽量鉄骨造建物は借地法第二条のいわゆる非堅固建物に該当するから、本件賃貸借の目的に反しないと主張するので、この点につき判断する。
(イ) 当審証人吉村福男は本件賃貸借の使用目的について控訴人の主張にそう供述をしているが、にわかに信用し難く、また当審における控訴人本人は、本件土地は被控訴人がバラツク建の工場を造るというので賃貸したものであると供述し、そして被控訴人が従来木造工場を建てていたことは当事者間に争いがないところであるけれども、そのことから直ちに本件土地の使用目的が木造建物の所有のみに限定されたものということはできない。却つて成立に争いのない甲第一号証(借地証書)には建物の種類について何等の記載がなく、更に甲第二号証と乙第六号証には普通建物の所有を目的とする旨が記載されているのであつて、他に控訴人提出援用の全疏明によつても、本件借地権設定に際して建物の種類構造を特定したものと認めることができないから、結局借地法第三条の規定に従い、堅固の建物以外の建物の所有を目的とする借地権と看做すべきものである。
(ロ) そこで、本件軽量鉄骨造の建物が堅固な建物に該当するか否かの点について検討するに、いずれも成立に争いののない甲第六号証の一ないし五、同第八号証乙第三号証の一ないし四、当審証人永井茂平、原審および当審証人菅野平吉の各証言を綜合すると、軽量鉄骨造とは、薄い鉄材を樋形に曲げて中空の筒形にして建物の骨組材にするもので、本件において被控訴人が改築しようとする軽量鉄骨造もこれと同様であり、建物の内部と屋根の下地は木材を使用し、外側はラスモルタル塗りにする予定である。ところで軽量鉄骨造は、特に木材に比して柱、梁等の長尺ものが安価にとれる長所があり、従つて建築費も木造の場合と大差ないため、昭和三二年ごろから木造に代つて工場、住宅等の建築に使用されはじめたもので、その堅牢性耐久性においては木造よりやや優り、また基底部は各柱を各々コンクリート製の土台にボルトで固定するため木造建物に比してその移動は困難であるが、鉄骨鉄筋コンクリート造や鉄筋コンクリート造の重量鉄骨造と異り、中空の筒形の内部が腐蝕し易く、加えて薄い鉄材のため火災にあうと骨組材が挫曲し耐火性には乏しい。そのため固定資産評価の面でも木造建物よりやや高い評価がなされているに過ぎないことが認められ、他に右認定を左右するに足りる疏明はない。従つて本件の如き軽量鉄骨造の建物をもつて鉄筋コンクリート造、石造、土造等の建物と同程度の堅牢性耐久性を有するいわゆる「堅固な建物」と解釈することはできない。この点につき、当審証人永井茂平の「建物を一般的に堅固な建物と非堅固な建物に分ければ、軽量鉄骨造の建物は堅固な建物に入ると思う」との証言部分および成立に争いのない甲第八号証中これと同旨の記載部分は採用し得ない。
(ハ) かように、本件軽量鉄骨造の建物が非堅固な建物と解される以上、前段認定のごとく本件増改築をするに当り、特に控訴人から軽量鉄骨造にすることの承認を得ていなくても、これをもつて本件借地権の使用目的違反とはなし得ないから、これを理由に本件賃貸借を解除することはできない。(尤も控訴人が異議を述べたことにより、借地法第七条に則り借地権の残存期間が延長されない効果を生ずることは当然である)。
四 なお控訴人は、本件賃貸借の解除原因として明確に主張している訳ではないが、本件増改築をなすに当つて当事者間に約束された特約違反をも併せて主張しているように思われるので、この点について一言する。
控訴人は、被控訴人が増改築をするについては、従来どおり木造建物とすること、および隣接地の者に迷惑をかけないように土台は従前の範囲より拡げないことを約束した旨を主張し、当審証人吉村福男、原審ならびに当審証人田沼義男、同控訴人本人も右主張にそう供述をしているが、既に述べたように、被控訴人側から増改築について承認を求められた際、控訴人側としては、従来の建物が木造であつたことから、改築される建物も同様木造であろうと予期したことは認められるが、さればと言つて、増改築の承認をする際、控訴人側においてその点を特に念を押し、被控訴人側でもこれを納得した事実が認め難く、即ちその点について両当事者の意思の合致があつたものとは認め難いから、増改築について木造建物にする旨の特約が成立したものということはできない。のみならず、既に述べたように、控訴人は本件借地権を設定する際地上建物の種類構造を特定した訳ではなく、堅固ならざる普通建物の所有を目的とする借地権を設定したものと見られる以上、借主たる被控訴人はその使用目的に反しない範囲の建物を建築する権利を有する筈であつて、もし貸主たる控訴人が木造建物を建てることを希望していたとしても、一方的にこれを強要することは貸主の権利濫用として許されない。
まして被控訴人は、当初から本件土地において自動車修理工場を経営しているものであつて、その仕事の性質上、自動車の出し入れや防火その他の危険防止の点から、それに適するような資材と構造によつて建物を造ることは希ましいことでもあり、社会的な要請でもあると考えられる。現に控訴人本人も当審において「被控訴人の奥さんから、事務所の建物を従来より東、つまり奥の方へ三尺拡げ、従来の中二階を普通の二階家に直して、階下を自動車が通れるようにしたい・・・云々との申入れを受けたので、自分はあまり人の悪いことは言いたくないので承諾する旨答えておいた。」と供述しているのであつて、その代償として地代も値上げし、且つ増改築の承認料も一旦受取つたのであるから、後に至つて控訴人側だけの予期に反して軽量鉄骨の建物(これは既に述べたように非堅固の建物である)が建つたからといつて、これを目して特約違反だとか賃貸借の信頼関係を破るものとは到底言い難い。
また前記証拠によれば、増改築について近隣、殊に北隣りの借地人である吉村福男に迷惑をかけないため、土台は従前の範囲から拡げないようにするとの特約があつたこと(これに反する原審ならびに当審の被控訴人本人の供述は措信しない)、および被控訴人がこの特約に反して、従前の土台よりも北側において約七寸位北方へ拡げて土台を構築したことを認めることができる。しかしながら、当審証人菅野平吉の証言と成立に争いのない乙第三号証の一ないし四、甲第六号証の一ないし五、を綜合すると、建築中の本件軽量鉄骨造の土台は、北隣りの吉村福男の借地(約二間巾で通路になつている)との境界から約七寸位引込んでおり、従つて建物はそれ以上境界から離れており、且つ右建物は底部よりも上部の方が幾分斜めに巾が狭くなつていて、屋根は突出さずに劃然と切り、そこへ雨樋を取付ける予定であることが認められるから、雨水が北隣りの敷地へ落ちる心配はなく、また雪止めを作ることによつて落雪のおそれも妨げる筈であるから、このような点から考えれば、被控訴人が単に前記の特約に違反し土台を従前の位置よりも北方へ七寸程度拡げたことをもつて、直ちに賃貸借の信頼関係を破る程の不信行為ということはできない。
五、以上述べたところによると、本件については催告の必要不必要などの点について言及するまでもなく、控訴人がなした本件賃貸借の解除は、その効力を生ずるに由ないものというべきである。
よつて控訴人の本件仮処分申請は、被保全権利の疏明を欠くことになり、もとより保証をもつて代えることも適当でないから、その余の点について判断するまでもなく失当として却下すべきものであり、これと同旨に出た原判決は正当であり、本件控訴は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 石沢三千雄 橋本攻 浦野雄幸)